2018年明けましておめでとうございます!(羽化の作法[53]現在編「量子哲学」とは何か?)

今年もよろしくお願い申し上げます!
2018年の抱負は前のエントリーでも書いたけど,,

1・勉強する
2・ネットの活用をちゃんとする
3・元気!

の三本立てで行こうと思います!


●タイムバンク


ところで,去年から始まった「タイムバンク」という時間を売買できるサービスで,時間を発行してる専門家として登録されている.
https://timebank.jp/
スマートフォンのサービスなので興味のある人はアプリをダウンロードして是非とも私の時間を買ってください!

フェイスブックだったと思うのだが,広告か何か忘れてしまったけど,クリックして飛んだところでツイッターアカウントを点数評価するようなページが出てきて「なんだろう?」と思って試しにやってみたら合格点だったので,専門家登録申請をしたら通ってしまったのだ.

ひょっとして「おじさんレンタル」みたいなものなのかな? と思ったので,これによって収入を得ることが出来るならちょっとやってみようかな,という感じでやってみたのだ.

タイムバンクは「メタップス」という会社のサービスなのだが,メタップスという会社も知らなかった.IT業界では有名らしい.

メタップスの方と専門家として時間を売るための準備をスカイプ打合せた.そこでは主に1時間以上時間を買っている人への「リワード」の内容を決めた.「リワード」という言葉も始めて知った.
何度かスカイプとメールでやり取りを経て私の時間がタイムバンクで売り出されることになった.

専門家の1秒の価格が表示され,売買によって価格が変動する.
私は自分の価格を眺めてるだけで何も出来ない.

価格はどんどん下がっていった.

ある時,全専門家の中で最安値となった.そしてそのままぶっちぎりでビリをキープ.
文字通り「専門家の末席をけがしてる」状態である.

世の中で私の価値なんてそんなものなんだろうなあ...
と,思いつつも何か改善できないかと考えてみることにした.

(「そもそも無能」とか,「もう人として終わってる」とか,そういう方向は考えないことにします)


ひとつは「分かりやすさ」だと思いました.具体的に3つありそうだ.

1.作品のパッと見が分かりやすい.
2.コンセプトが分かりやすい.
3.本人の見た目が分かりやすい.

表現において「分かりやすい」はしばしばネガティブな意味に捉えられてしまう.

「そう簡単に理解されてたまるかよ!」みたいな気持ちもすごくあったし,「分かりやすい=安易または薄っぺらい」というイメージも強かった.

しかし,実際のところ分かりやすくなるまで抽象・捨象をするのは難しいことだと気が付いてくる.

思考がとっ散らかってると分かりにくくなる.なので脳内をクリアにさせるのが良いだろう.
脳のエントロピーを下げるには勉強と瞑想だ.多分.

と,言うことで自分なりに勉強してる(つもり).

そのひとつが「量子哲学」である.


● 量子哲学


「量子哲学」とは原子核物理学者の山田廣成先生が提唱してる概念で,量子力学と哲学を結びつけた「唯物論と唯心論の止揚(アウフヘーベン)」と捉えるといいかも知れない.

量子力学は分からないなりに惹かれる.なんで惹かれるのか?

まず「見えない」ところに惹かれる.
自分は音楽という見えないものを描いてるので.

そして量子力学が宇宙論に繋がるというのもとても魅力的だ.
極小と極大の反対のものが繋がってるというのはウロボロスみたいで面白い.また繋がる先が宇宙というのも良い.線譜も宇宙と繋がっている.

それから,古典力学だけだと決定論的で窮屈な感じがする.古典絵画だけではちょっと退屈なように.
「量子力学」と「現代美術」の誕生は時代的にもだいたい同じなので,きっと何か対応しているだろうから関心が沸くのだ.


では「量子哲学」とは何なのか.

まず,山田廣成先生の動画のリストを二つ作ったので紹介します.

1.「量子哲学シリーズ(動画8本)
(量子哲学シリーズは動画のアップ主さんが作っているリストがあるのですが,⑧がないので自分で作りました)

2.「量子哲学(動画8本)
(上記以外の山田先生の講義動画を集めたもの)


それから,フェイスブックに山田廣成先生が作ったグループがあります.
量子力学の思想

本も二冊出版されてまして私も2017年の1月に買いました.
量子力学が明らかにする存在、意志、生命の意味
地球に真の平和をもたらす量子哲学
(タイトルと装丁デザインが新興宗教っぽい感じがしてちょっとアレなんですが)



「電子には意志がある」
と言うのが山田廣成先生の主張です.


そう聞くと一瞬,「なにそれスピリチュアル系?」とか「オカルトの人?」とか思ってしまうかもなのですが,ゴリゴリの物理学者で量子力学から導き出された結論だと言うのだ.


オカルト好きの私としては「面白そうなトンデモ科学かな?」思って最初動画を観たのですが,,,怪しくないのだ(笑).

量子は「波であり粒である」と言われていてなんだかよく分からない.
それが量子力学を摩訶不思議で難解なものにしてしまっている感がある.

それに対して山田先生は「電子は常に粒子である」と言う.目から鱗なのだ.




そして「シュレーディンガーの猫」と言う有名なパラドックスがある.


このパラドックスについても山田先生は答えを出している.

「情報が確定するのは検出器の中」と言うのだ.
猫は「生きている状態」と「死んでいる状態」の重ね合わせなんかにはならないのである.

その動画はコチラ↓


(1:45〜「シュレーディンガーの猫」について触れてる)

まだ私は詳細に説明する力がないのでここまでしか書けないが,これからちゃんと分かり易く説明できるようになろうと思う.


本は二冊とも目を通したのですが,全然理解できてないところが多いのでまた読み返そうと思います.薄い本なので心が折れにくいです(笑)

この本を何度も読み返して行くと段々分かって行くと自分に期待してます.
そして「量子哲学」を理解すると,しっかりした思考方法が身に付いて,分かりやすい表現が出来て,もっと多くの人に伝わるようになるんじゃないかなと思ってます.


羽化の作法[53]現在編「量子哲学」とは何か? 用原稿

2017年ゆく年くる年

2017年も残りわずかとなりました.今年も去年に引き続き良い年でした.
ということでこの一年を振り返ってみようと思います.

自分的3大ニュース

今後の目標も含めて.

1.リフォーム


ボロボロだった畳の部屋をフローリングにしてエアコンを入れたり,壊れていたトイレを交換したり,壊れていた台所の蛇口を直してお湯が出るようにしたり,
「人並みの暮らし」を目標にリフォームしました.

関連記事
▶︎断捨離リフォーム
▶︎続・断捨離リフォーム
▶︎断捨離リフォームひと段落

物置だった二階の北の部屋をフローリングにして部屋を白くしてアトリエに
ボロボロ畳だった二階の南の部屋をフローリングにして壁と天井を白に
階段も白く
玄関も白く
家電話(NTT)を辞めてNURO光に
台所の給湯器を取り外して,壊れた蛇口を外して新たにお湯が出る蛇口を取り付けた
玄関を模様替え
壊れていたトイレをウォシュレットに交換
玄関にカーテンを設置
居間にテーブルとカーテンと鏡を設置
居間を模様替え
リフォームはまだまだ続きます.
この後は一階アトリエだったところをギャラリーにして外観を改装します.

目標:2020年までにアトリエショップを開店する!


2.タムちゃん演奏会


『ネズミに恋したネコのタムちゃん』を描き始めてから4年目,タムちゃんに曲がついて演奏会を開催する運びとなりました.
どうも有り難うございました!


現在タムちゃんの絵本バージョンを制作中です.

仔猫タムの誕生

目標:2020年までにタムちゃんの絵本を完成・出版できるようにする!


3.「潮の路珈琲」の線譜とロゴ制作


潮の路珈琲さんの線譜とロゴマークを制作しました!



去年は星野智幸さんの装丁画の仕事をさせて頂きましたが,現在ルミエットさんから肖像画の依頼を受けております.
次は音楽CDジャケット絵を制作したいです.

目標:例えばビートルズの『リボルバー』のように,様々な人の作品にサンプリングされたり参照される線譜を作る!

パクリOKって意味ではありませんよ.
(ビートルズのジャケットだったら『サージェントペパーズロンリーハーツクラブバンド』だろっ!って思うかもだけど,なぜかリボルバージャケットの方が好きだった.)


その他の自分的ニュースは
・VALU始める
・タイムバンクに専門家として登録される
・嗅覚が戻ったけどまた匂わなくなった
・夜中に足が攣る


今,考えてること


先にイメージを決めず,動かした線から線を延ばし,増殖し,生成する.自律的に完成させるボトムアップな手法で描いてきたけど,構図や形を決めてから描き出すトップダウンな手法を取り入れ,トップダウンとボトムアップのハイブリッドで描くようにした.

そうすると,今までやって来なかった構造的な考え方を鍛える必要がある.行き当たりばったりでぼんやり思考してたら面白いことを思い付いた,だけではなく.

普通に勉強して構造をひとつひとつ組み立てて行く.この方法をきちんと出来るようにしたい.

私はぼんやりしてるのが好きで一日中でもボーッとできる.
何か課題を与えて解いていくのがそんなに得意ではないのかも知れない.

よく「成功したいなら具体的なゴールを設定しなさい」と言われる.
自分の場合,あっちこっちウロウロした挙句にたまたま辿り着いた場所をゴールだったことにすれば良いじゃん,という発想なのだ.

漠然と「美しい絵」に成ってください! と願をかけて,適当に行き当たりばったりに線を描いていって出来上がったら「美しい絵」になっていて欲しい.とやってきて,それを何年もやってると本当になんとなく美しい絵になってきた,というやり方だったので,具体的に思考する学習経験が少なく,のろいのだ.

これを少しずつ修正して思考をクリアにしたい


それから,ネットでの活動をもっと実質的にしたい

ツイッター・フェイスブック・インスタグラムを使って告知するのはいいんだけど,もっとこう見る人に何か提供できないだろうか? と常々思っているのだけどなかなかどうやっていいか分からない.

提供できるものとは「人よりも多く持っている情報,体系化された情報」だと思うので例えばこんなことだろうか.

・絵の描き方を説明できるようにする
最初に適当に線を引いてそこから天地を定めず描き進めていくプロセスをメソッド化する.

・芸術観を体系化させる
「絵とは行為の痕跡である」という考え方から発展させた絵画観を構築して説明できるようにする.

でもこれって需要あるのか?
自分のことを説明できるようになる必要はあると思ってるのでネットで公開するかどうかは別にしてもやっていこうと思います.

ネットでの活動はまず「元気に発信する」からかな.


来年からは自分のコンセプトを体系化して「見える化」させたい.
そして「アートで自立」に向かって更に前進したいです.


と,ここまではいいんだけど,「アートで自立してどうしたいのか?」を明確化した方がいいなあと思ってたりする.

例えば,社会を変えたいとか,差別のない世の中にしたいとか,貧困のない国にしたいとか,戦争のない世界にしたいとか,,,

新宿西口地下道で段ボールハウス絵画を描いてた頃,神戸の被災地のテント村に暮らしてた頃,246表現者会議で渋谷の路上に座って会議してた頃,自分は本当にそういう大きな事を本気で思っていた.
簡単に言えば「この生きずらい社会をぶっ壊してやりたい」と燃えていたわけだ.

そうやって心底大真面目に活動したけど,挫折した.
社会じゃなくて自分を壊してしまって,心も体もお金も最低の状態になってしまった.

まずは自分で立つことからやり直さなければならなくった.
今はまだリボーン・再生の途中段階だ.

アートで身を立てることが出来たら「この世界をハッピーにしたい」と言う気持ちはすごくある.

つまづく気持ち,こじらせてしまう思い,自分(や他者)を許せず肯定できなくなる苦しみ,死にたいと思ってぐるぐると思考ループにはまる無限地獄など,苦しみや絶望を嫌という程味わった.
そう言う苦しみや絶望や悲しみや怒りに共鳴する鉱石のような小さな塊を持ちながらも,「これからも生きていくんだ」,と言う「光」を描きたい.

その為には今の段階から誰か一人づつでもハッピーにさせることだよね.


2018年の抱負


・タフなマインドを作る
例えば,褒められたら素直に喜ぶようにする,人の良いところをパッと見つけてすぐに言葉にできるようにする,など.また日常の些細なところで喜びを見つけて言葉にできるようにする.など.

・体系を作る
調べることが必要なので本を読んだり入力をもっと多くする.
ただ,知識(または体験)が豊富な方が想像を生むのに有利なのは確かだけど,それだけだと「想像力とは個体に入力されたデータからしか生まれない」と言う機械的な発想になってしまう.
「人は誰でもあらかじめ真理を知っていて,大人になるにつれそれを理屈として認識できるようになるだけだ」とか,「夜空の星の瞬きから詩が降りてきた」とか,また,魂とか霊のような非科学的なところや,信仰のようなものとか,の方が実は人間を生きさせている度合いが大きい,という言ってみれば「神秘」を大切にして,個体の人生で獲得出来得る「知」プラス「神秘」のハイブリッドな体系を作りたい.

これらは2018年だけの抱負ではなくて,2018年からずっと続けていくことなのでマイペースでやって行こうと思います.

2017年,本年も有り難うございました.
2018年もよろしくお願い申し上げます!

【羽化の作法 52】世紀末とのコラボレーション

東京大学駒場寮に初めて行って「ゼロバー」で呑んだのが5月2日。ゼロバーは「エキン」を中心に「コーキ」、「リカちゃん」、「モリオ」の四人で運営してたが、バーテンにはちょくちょく「シンヤ」という、金髪の男の子も入っていた。

しばらくすると、コーキとシンヤの二人がギャラリーを駒場寮内に立ち上げると言い出した。駒場寮にはいくつかギャラリーのような部屋はあったが、自分たちのギャラリーを作ろうというのだ。

名前は「Obscure(オブスキュア)」、ニコの『カメラ オブスキュア』からなのかなと思ったがほんとうの由来は分からない。

そんなある日、ゼロバーで呑んでるとコーキが「ギャラリーのこけら落としで展示をやらないか」と僕に話を持ちかけて来た。

ギャラリーみたいな箱で展示をしたことがなかったので、どうやったらいいのかさっぱり分からなかったが、「(うまくやれる)自信はないけど、ぜひやりたい」と、僕は即答した。

最初に思い付いた展示イメージは、「ギャラリーの床や壁一面に段ボールを敷き、病院用のベッドを一つ置く」だった。

展示期間中、ギャラリーのベッドで寝泊まりして、床と壁の全面に張られた段ボールにひたすら絵を描いて行く展示だ。



◎1997年6月3日(火)


野宿者支援のまつり「新宿夏まつり」の会合があった。意外なことに、ちゃんとミーティングに顔を出していたのだ。

その日の夜、夏まつりスタッフのひとり「トカちゃん」を誘って東大駒場寮に行く。彼は後の「ドキュメンタリー映画監督・土屋トカチ」である。
(参照『映画「フツーの仕事がしたい」:土屋トカチ監督インタビュー』)



腹の据わったカメラワークであるが、当時は繊細で少年のようだった「トカちゃん」である。この日の夜、コーキとシンヤがいたので、ギャラリーこけら落とし展の打合せをした。

最終日に、締めとして舞踏と打楽器とのコラボレーションをやることにしよう、とか。ずっと絵を描いてるので「武盾一郎ライブ」にするのはどうか、とか。8月8日午後8時8分に終了するのはどうか、とか。

そこでコンセプト第一稿がこんな感じになった。

「武盾一郎ライブ この展示は武盾一郎がギャラリーに暮らしながらその生命活動そのものを描くライブペインティングである。」


●『世紀末とのコラボレーション』DM完成

この後、もっといろんな人たちとセッションしていくことを主軸にした方が良いと、展示のコンセプトを修正していく。

今まで自分は複数人で絵を描いて来た。音楽や舞踏ともライブでコラボレーションして来た。

参照:羽化の作法[31]1996年「世界都恥博覧会」と「新宿夏まつり」
http://bn.dgcr.com/archives/20170124140400.html

他者との協働は、ひとりでは作れない思いもよらないものが生まれる。それが面白くて、自分の制作スタンスとなっていた。いろんな表現の人たちと交わっている状態を、みんなが体験する場にしたい。

ということで以下のようなテキスト出来上がった。

『世紀末とのコラボレーション』
95年から新宿ホームレスの段ボールハウスにペイントを始め、96年器物損壊で22日間の拘留生活を強いられるが、今もなお描き続けている。その武盾一郎が東京大学駒場寮Obscure Galleryで1週間のライヴペイントを行う。

DMはこんな感じに仕上がった。

『世紀末とのコラボレーション』

95年から新宿ホームレスの段ボールハウスに
ペイントを始め、96年器物損壊で22日間
の拘留生活を強いられるが今もなお
描き続けている。その武盾一郎が
東京大学駒場寮Obscure Galleryで
1週間のライヴペイントを行う。

武盾ー郎
8/2(土)-8/10(日)
8/2 サンカラゴソジャ(パーカッショングループ)
エキン(踊り)

8/3 鷹野依登久(ペインター)
菅原亮(写真家)
橋本弘道(写真家)

8/9 小倉虫太郎(評論家)

8/10サソカラゴンジャ(パーカッショングループ)
酒井敦(舞踏家)
at Obscure Gallery

photo菅原亮
井の頭線駒場東大前駅降車東大正門入って右手駒場寮內
目黒区駒場381中寮0S open13:00 close20:00



期間は1997年8月2日(土)〜8月10日(日)の9日間。最終日だけではなく期間中出来るだけコラボレーションライブをすることにした。DMの入稿までに決まったコラボレーションは4日。

8/2:サンカラゴソジャ(パーカッショングループ)、エキン(踊り)
8/3:鷹野依登久(ペインター)、菅原亮(写真家)、橋本弘道(写真家)
8/9:小倉虫太郎(評論家)
8/10:サンカラゴンジャ(パーカッショングループ)、酒井敦(舞踏家)


●「こけら落とし」の「断髪式」

まず、窓のないコーナー二面を隙間なく段ボールにする。天井までは相当高い。かなり高い脚立を使って、ちょっと怖かった覚えがある。床まで段ボールを張り、床も半分くらい段ボールを敷いた。段ボール張りには、有り難いことにトカちゃんや東京シューレの人も手伝いに来てくれた。

初日に絵が何もないのは寂しいので、何日か前から絵を描いておくことにした。ベッドをどこからか手配して、展示前からギャラリーに寝泊りして制作する。

「こけら落とし」なので、髪の毛や当時生やしていた髭や体毛を全て剃ることにした。当時は髭を生やしていたのだ。

撮影:菅原亮
撮影場所:東京大学駒場寮
1997年


これから生まれるオブスキュアギャラリーで、生まれたての無毛の姿になる「断髪式」を行った。ゼロバーに出入りしていた歌舞伎役者のしのぶちゃんに髪の毛を剃って貰った。

参照:中村芝のぶ
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E6%9D%91%E8%8A%9D%E3%81%AE%E3%81%B6


眉なしスキンヘッドの武盾一郎(撮影:関根正幸)



●『世紀末とのコラボレーション』開始!

8/2の初日と、8/10の最終日の二日に渡って、サンカラゴンジャにお願いした。ジャンベを中心としたパーカッショングループだ。そして「踊ってやってもいいよ」と言うので、ゼロバーの店主・エキンにも踊りを頼んだ。

8/3は段ボールハウスにも絵を描き、駒場寮にも部屋を借りてるイトヒサとカメラマン2人とのコラボレーションだ。

橋本弘道さんは、当日ポラロイドカメラで写真を撮って、壁にどんどん貼り付けていく。ライブではイトヒサと僕がペインティングしてるところを、カメラマンがフラッシュを焚くパフォーマンス。

この写真は8/3だと思うのだが女性が写ってるが誰だか思い出せない
(撮影:関根正幸)


コラボレーションは、DMに記載されたのだけではなく連日行った。「トカちゃん」の弾き語りとのコラボレーション、DJとのコラボレーション、ターンテーブルノイズとのコラボレーションなどなど。

日中絵を描いている時の様子(撮影:関根正幸)



8/9は評論文の朗読とペインティングのパフォーマンス。小倉虫太郎さんは上半身裸で、金だらいのようなものを叩きながら、ベンヤミンかなにかを読み上げていた。

8/10の最終日は、鶴山欣也さんの舞踏やサンカラゴンジャだけでなく、ディジリドゥを吹く人、ボイスパフォーマンスの人なども交え、オブスキュアギャラリー内だけでなく、野外にも出てパフォーマンスを行った。

ともかくカオスな空間にしたかったがその通りになった。

酒井敦さんは大野一雄の弟子で、鶴山欣也さんは大駱駝艦で、同じ舞踏でもちょっと違う。コラボレーションの後に、二人が目を合わせて頷き合ってるのが印象的だった。

大野一雄
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E9%87%8E%E4%B8%80%E9%9B%84

大駱駝艦
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E9%A7%B1%E9%A7%9D%E8%89%A6

最終日はギャラリーから出て野外でもパフォーマンスを行った。
(撮影:関根正幸)


写真は関根正幸氏のブログより
http://blog.goo.ne.jp/sekinema/e/9f218b1b73a5c4c9ffc6c84d2dd7a989
http://blog.goo.ne.jp/sekinema/e/3326e868b4dba5b1447cf032a8b84c05
http://blog.goo.ne.jp/sekinema/e/a947ed8a8d6938a9a1e824a4a9674c47
http://blog.goo.ne.jp/sekinema/e/384fd332de6a428225bfb2a8a185a11a
http://blog.goo.ne.jp/sekinema/e/2ef94ff419dd8c13801416ec777b5751
http://blog.goo.ne.jp/sekinema/e/f9157e80a2ee8aafbef8bc43a05483a2


●絵はホームレス支援の「第四回・新宿夏まつりへ」

『世紀末とのコラボレーション』で描いた絵は、8月17日に新宿中央公園で行われたホームレス支援のまつり「第四回・新宿夏まつり」のステージのバックとして飾られた。そこで僕は大友良英さんとコラボレーションする。

『新宿夏まつり』
1997年8月17日:新宿中央公園
バックの巨大絵は東京大学駒場寮で制作
大友良英さん(写真左端・演奏中)とのライブコラボレーション


新宿夏まつり 1997. 8. 17

『世紀末とのコラボレーション』で描いた絵は、駒場寮と新宿を繋いでくれたのだった。(つづく)

【武盾一郎(たけじゅんいちろう)/画家人生これから】

◎VALUやってます
https://valu.is/takejunichiro

◎TimeBank専門家に登録されてますが価格が最下位(泣)買ってください!
https://twitter.com/timebank_pr

Facebookページ https://www.facebook.com/junichiro.take
Twitter https://twitter.com/Take_J
take.junichiro@gmail.co

ガブリエルガブリエラ
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ブログ http://gabrielgabriela-jp.blogspot.jp

目指せジャケ買い!『星野智幸コレクション・全四巻』(人文書院)

星野智幸コレクションI スクエア
http://www.jimbunshoin.co.jp/book/b226418.html

星野智幸コレクションII サークル
http://www.jimbunshoin.co.jp/book/b226413.html

星野智幸コレクションIII リンク
http://www.jimbunshoin.co.jp/book/b226414.html

星野智幸コレクションIV フロウ
http://www.jimbunshoin.co.jp/book/b278897.html

BootcampでMacにWindows10をインストールするがうまく行かない


参照
「MacでWindows10がインストールできるブートキャンプの使い方」
https://gatten.me/bootcamp-mac-windows


Windowsに割り当てるパーティションの容量は用途にもよりますが最低でも30GB以上は必要。快適に使うには60GB〜100GB以上が推奨です。割り当てる容量を決めたら「インストール」をクリック。


のところまでうまく行った.

パーティションの作成が完了するとMacが再起動してWindowsセットアップが開始されます。

というはずですが、しかし!
Windowsセットアップされずに,なんと駐車禁止マークが!



対処
・「電源ボタン長押し」でマックの電源を切る.
・再び電源ボタンを押す

普通にマックは立ち上がった.


良かった...


そこで,
ブートキャンプでいったん作ったウィンドウズのパーテーションを復元してやり直す事にしました.

参照)
「BootCamp - Mac にインストールした Windows を削除」
https://pc-karuma.net/mac-bootcamp-windows-delete/

そして,あれこれやってるうちに(長くなるので割愛),どういうわけかUSBがマウントしなくなってしまった!

しようがないのでUSBメモリのフォーマットを試みる.


「ディスクユーティリティでUSBメモリ消去時にエラーが発生した場合の対処法」
https://ottan.xyz/disk-utility-usb-memory-error-3535/


しかし,フォーマットされない!
USBが壊れたみたい?

ちなみに買ったUSBはこれ.
「HP USBメモリ 8GB USB 2.0 キャップレス スライド式 青色のフラッシュドライブ v150w HPFD150W-08」
https://www.amazon.co.jp/dp/B018E2N372/ref=cm_sw_r_tw_dp_U_x_qP9kAbRPG0NGA



USBメモリを買ってやり直します.


今のところうまくいかなった原因としてはUSBに外付けのハードディスクなどが刺さっていたせいだと思います.

USBが届いたらまた最初からやり直してみます.

こんなことでほぼ一日使ってしまった...


<後日>
USBメモリを買い直し,iMacのUSBに刺さってる外付けハードディスクやペンタブレットUSBなどを全て外して最初からやり直してみたらWindows がインストール出来ました.

ところが!

再び立ち上げると,
真っ黒な画面に「No bootable device -- insert boot disk and press any key」と出てしまって,どうにもなりません.



解決方法はこちら
コンピュータの電源ボタンを押し、すぐに「option」キーを押しっぱなしにします。
https://pc-karuma.net/bootcamp-mac-windows-run/

なんだか本当に消耗した...

幽霊の正体見たり枯れ尾花

【意味】
幽霊の正体見たり枯れ尾花とは、恐怖心や疑いの気持ちがあると、何でもないものまで恐ろしいものに見えることのたとえ。また、恐ろしいと思っていたものも、正体を知ると何でもなくなるということのたとえ。

「幽霊」の正体が実は「枯れ尾花」だと伝えるのはジャーナリズム.

「枯れ尾花」が「幽霊」に見えてしまうメカニズムを解き明かすのが科学.


では,アートはどうなのか?

幽霊をことさら怖く見せたり,幽霊をチャーミングにしたり,とびきり美しい幽霊に仕立てたり,枯れ尾花が幽霊にへんげする物語にしたりすることだ.
間違うことを肯定し,過ちを犯すことを前提とし,その間違いや失敗から妄想を発展させてしまう指向がアートにはある.
それは正義とは違うし,分析とも違う.もちろん良心と分析力は必要だけど.


錯覚と誤解で人間は生きている.
錯覚と誤解が溶解してしまった世界を観てみたくもある.
それは「枯れ尾花」を克明に記述することだろうが,それもまたアートではある.